東大物理'09年前期[3]

常温の水は液体(以後単に水という)と気体(水蒸気)2つの状態をとることができる。どちらの状態をとるかは温度と圧力により、図3−1に示すように定まる。たとえば、水をシリンダーに密封して温度を,圧力をにしたときは水であり、熱を与えて、温度や圧力を多少変えても全部が水のままである。一方、同じで、圧力にしたときはすべて水蒸気である。ただし、図31B点、C点のような境界線上の温度と圧力のときは水と水蒸気が共存できる。逆に、水と水蒸気が共存しているときの温度と圧力はこの境界線(共存線)上の値をもつ。温度を与えたときに定まる共存時の圧力を、その温度での蒸気圧という。一定の圧力で共存している水と水蒸気に熱を与えると、温度は変わらずに、熱に比例する量の水が水蒸気に変わり、全体の体積は膨張する。単位物質量の水を水蒸気に変化させるために必要なエネルギーを蒸発熱と呼ぶ。
このことを参考にして、図
32に示す装置のはたらきを調べよう。断面積で下端を閉じたシリンダーを鉛直に立てて、物質量の水を入れ、質量のピストンで密閉し、その上に質量のおもりを乗せる。シリンダーの上端を閉じてピストンの上側を真空にする。ピストンはシリンダーと密着してなめらかに動くことができるが、シリンダーの上方にはストッパーが付いていて、ピストンの下面の高さがになるところまでしか上昇しないようになっている。シリンダーの底にはヒーターが置かれていて、外部からの電流でジュール熱を発生できるようになっている。以下の過程を通じて、各瞬間の水と水蒸気の温度はシリンダー内の位置によらず等しいものとする。また、圧力の位置による違いは無視する。
T での蒸気圧をでの蒸気圧をと記す。ピストンのみでおもりを乗せないときに内部の圧力がで、ピストンにおもりを乗せたときにになるようにしたい。を求めよ。重力加速度の大きさをとする。
U 圧力でのの水のモル体積(当たりの体積)とする。この温度でおもりをのせた状態でのシリンダー内の水の深さを求めよ。なお、ヒーターの体積は無視できる。
V 装置全体を断熱材で覆い、ピストンにおもりを乗せたまま、はじめであった水をヒーターでゆっくりとになるまで加熱する。このとき、水の状態は図31A点からB点に移る。からまでの水の定圧モル比熱は温度によらず、であるとする。水をにするためにヒーターで発生させるジュール熱を求めよ。なお、シリンダー、ピストン、おもり、断熱材など、水以外の物体の熱容量は無視できるものとする。
W の水をさらにヒーターでゆっくりと加熱する。このときの温度と圧力はB点に留まり、水は少しずつ水蒸気に変化していく。図33のようにピストンがストッパーに達したときにも水が残っていた。B点での水のモル体積B点での水蒸気のモル体積を用いて、このときの水蒸気の物質量を求めよ。
X の水を、その温度での蒸気圧の下で、水蒸気にするために必要となる蒸発熱をとする。問Wの過程で、ピストンがストッパーに達するまでに、ヒーターで発生させるジュール熱を求めよ。
Y ピストンがストッパーに達したときにヒーターを切り、おもりを横にずらして、ストッパーに乗せる。次にまわりの断熱材を取り除き、の室内で装置全体がゆっくり冷えるのを待つ。
(1) 時間の経過(温度の低下)とともに、圧力がどのように変化するか述べよ。
(2) 時間の経過(温度の低下)とともに、ピストンはストッパーに接した位置と水面に接した位置の間でどのように動くか、動く場合にはその速さ(瞬間的か、ゆっくりか)を含めて述べよ。

解答 理系数学の第6に対応する物理の問題、ということなのだろうと思います。教科書の物質の3態をテーマにした問題でやや発展的ですが、この程度であれば、どの受験生も充分に取り組めるレベルで、私は良問だと思います。こうした問題では、問題文で想定されているモデルに即して考えることが大切です。モデルになっている状況の正当性を気にすると得点的には不利になります。

T でピストンのみのとき、ピストンに働くは、鉛直下向きの重力と、水蒸気の圧力による鉛直上向きので、両者の力のつり合いより、
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でピストン+おもりのとき、ピストン+おもりに働くは、鉛直下向きの重力と、水蒸気の圧力による鉛直上向きので、両者の力のつり合いより、
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U 圧力ということは、問題文の図のA点の状態にある、ということです。この状態においては、水は全量液体です。水の体積になるので、水の深さdは、
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V からまでは、水は全量液体の状態にあるので、蒸発に必要なを考える必要はありません。モル比熱の式により、の水をにするのに必要なは、
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W 水が水蒸気に変わるときに体積が増加するのですが、ここではストッパーがあるために、全量の水が水蒸気に変わるわけではなく、一部が水のまま残ります。水の体積と水蒸気の体積を合わせた体積がシリンダーの体積になります。
水蒸気の体積,水の物質量はなので体積
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X の水を水蒸気にするために必要なは、あたり必要なので、
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Y ピストンがストッパー達して、おもりをストッパー上にずらしたときに、水が残っているので、図31でまだBの状態にあります。ピストンに働くは、重力と水蒸気の圧力によるになりますが、なので、ピストンがストッパーに押しつけられた状態になります。この状態は水蒸気の温度からになるまで続きます。この間、水蒸気と水が共存しています。水蒸気の圧力からまで減少し、問題文の図においては、共存線上をBからCまでたどることになります。になったときに、ピストンに働く力のつりあいが成立し、以後少しでも水蒸気の圧力が下がれば、ピストンはストッパーから離れます。装置全体をゆっくりと冷やすという想定になっていて、Wの問題文では「水は少しずつ水蒸気に変化していく」と書かれているので、水蒸気から水への変化も少しずつ進むと考えるべきです。温度のまま、水蒸気は一気に水になったりせずに、徐々に水へと変わり、ピストンは、ゆっくりと下降し、この間、水蒸気と水が共存するので、図31C点の状態に留まることになります。水蒸気が全量水に変わり水面に接する位置に来たところで、圧力を維持して温度からまで下がりピストンは静止します。
(1) 温度がからまで下がるのに従って図31の共存線に沿って圧力はからまで減少する。水蒸気が全量水に変わるまでC点に留まり、以後は温度がに至るまでで一定になる。
(2) 温度がになるまでストッパーに接しているが、その後ゆっくりと水面に接する位置まで下がり、温度がからに至るまで静止する。 ......[]

追記.Yでは、問題文に書かれているモデルのもとでは、もしストッパーがなければ、熱を加え続けると水がなくなるまでB点に留まり、この後水蒸気は定圧変化を続けることになるだろうという予測を立てます。このとき、B点の状態で、水と水蒸気が共存しつつ、ピストンに働く力のつり合いが成立したまま、ピストンは小さな速さの等速度運動を続けることになるでしょう。であれば、装置を冷やすときにも同様の考え方ができるはずです。
昨年
1226日にアップした福井大の問題で、旺文社の全国入試問題正解では、沸点未満の温度でも、水蒸気と液体の水が共存する状態にある、という選択肢を正解にしていて、確かにそうなのですが、高校物理の教科書では、1気圧で未満の温度では、全量が水であるように記述しているので、当ウェブサイトでは、それを正解としました。東大の本問も、蒸気圧を超える圧力では全量液体として考えよ、ということで教科書に即した問題になっています。
実際には、室温で湿度が
0ということはありえないので、室温でも水蒸気と液体は共存しています。ですが、空気と水蒸気の分圧などを考え出すと難しくなってしまうので、高校物理の範囲では、東大の本問のような簡易モデルで考えるべきだ、と、私は思います。
教育評論家が、大学の入試問題は机上の空論ばかりで、それゆえに小学校や中学校の教育までもが歪むのだ、と非難するのをしばしば見かけますが、実際に即した複雑な状況を入試問題にしてしまったら高校の範囲では扱えない問題になってしまいます。高校数学の範囲で扱える範囲でモデリングして入試問題にするのは当然のことであって、入試問題の状況をつぶさに把握もせずに勝手なことを気軽に発言する教育評論家の方が机上の空論と言うべきです。



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